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2023.02.10
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マレーシア・アンワル政権は「安全運転」を維持することが出来るか
~景気に不透明感が強まるなか、政権運営の縁故主義懸念が高まるなど足下を揺るがす動きも~
西濵 徹
- 要旨
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- マレーシアでは、昨年11月の総選挙を経てアンワル政権が発足した。ただし、アンワル政権を支える大連立は「寄り合い所帯」であり、政策運営を巡る同床異夢感が強く、内政・外交の両面で「経済重視」により波風を立てない政権運営を余儀なくされてきた。他方、先月初めに首相の長女が経済・財政担当の上級顧問に就任するなど、縁故主義が疑われる動きもみられる。その「ステルス」的な就任方法にも疑念が集まっており、国民の政治不信が強まるなかで経済のみならず、政治の成熟化も期待しにくい状況にあると判断出来る。
- 昨年の同国経済を巡っては、コロナ規制の解除や世界経済の回復を追い風に景気が押し上げられたが、年末にかけては物価高と金利高の共存に加え、世界経済の減速懸念が景気の足を引っ張ることが懸念された。事実、10-12月の実質GDP成長率は前期比年率▲10.05%と5四半期ぶりのマイナス成長に転じており、内・外需双方で幅広く景気が下振れしていることが確認された。こうした動きを反映して農林漁業以外の幅広い分野で生産活動が調整している。昨年通年の経済成長率は年前半の上振れも影響して+8.7%と22年ぶりの高成長となったものの、足下の景気は急速に頭打ちの動きを強めていると捉えることが出来る。
- 先行きは中国のゼロコロナ終了は景気にプラスに寄与すると期待される一方、欧米など主要国の景気減速懸念に加え、国内ではインフレが高止まりしており、中銀は再利上げを余儀なくされる可能性もくすぶる。今年の経済成長率はゲタの縮小に加え、内・外需を巡る不透明感が重石となることは避けられそうにない。
マレーシアでは、昨年11月に連邦議会下院(代議院:総議席数222)総選挙が実施されたが、改選前の与野党が四分五裂状態での選挙戦を展開した結果、いずれの党も単独で半数を上回る議席を獲得することが出来ず(注1)、ムヒディン元首相が率いる政党連合のPN(国民同盟)とアンワル元副首相が率いる政党連合PH(希望連合)が綱引きする形で政治空白に陥る事態が懸念された。その後、アブドラ国王が仲裁する形で政党間の連立協議が進められ、PHを中心とする大連立政権の樹立に道筋が図られたことを受けてアンワル氏が首相に就任し、同氏は20年以上の時間を費やして政権奪取を果たすことに成功した(注2)。しかし、アンワル政権を支える与党連合を巡っては、完全な『寄り合い所帯』である上、アンワル氏自身やPHは急進的な政策を志向してきたことから政党間の対立が高まる可能性が懸念された。よって、アンワル政権は内政、及び外交の両面において『経済重視』を柱に政党間の波風を立てない姿勢に注力しており、なかでも外交面ではインドネシアとの間は同国が推進する新首都(ヌサンタラ)を巡る経済協力で合意したほか、シンガポールとの間でもデジタル経済や気候変動問題といった協業可能な分野を中心に合意が図られた。この背景には、2018年の前回総選挙ではアンワル氏が率いるPHが勝利するも、当時はアンワル氏と共闘したマハティール氏が首相に就任する一方、マハティール元政権はシンガポールとの間の高速鉄道の建設計画を中止し、シンガポールへの水の供給契約の見直しを主張したことで両国関係が急速に冷え込むなど外交面で迷走したほか、内政面でも改革がとん挫したことを機に政局争いが激化し、2年ほどで政権崩壊に追い込まれたことが教訓になっているとみられる。その後に発足したムヒディン、イスマイルサブリの両政権を巡っても、コロナ禍対応で右往左往する展開が続くとともに、政党連合内での政局争いを理由に政権運営は不安定な展開が続いたこともあり、アンワル首相は何にも増して『安全運転』を志向しているようにみられた。こうした状況ながら、足下では政権の足下を揺さぶりかねない動きが顕在化している。アンワル首相は先月初めに自身の長女であるヌルル・イザー氏(前下院議員)を経済・財政担当の上級顧問に任命したが、これに伴いアンワル氏が首相と財務相を兼任するなかで経済運営に関する権限がすべてアンワル家に集中することが懸念されている。さらに、アンワル氏はかつて同国政界に蔓延る縁故主義を痛烈に批判するとともに、2018年の前回総選挙では構造改革と政治刷新によるクリーンさをアピールする形で同国独立後初の政権交代を主導したほか、昨年の総選挙でも同様の政権公約を掲げてきた経緯がある。さらに、ヌルル氏の上級顧問就任は先月3日付であったものの、このことが公にされたのは同氏が先月末に新聞取材を受けた際の発言に拠るものであるなど、『ステルス』的に行われたことも疑念を集める一因となっている。ヌルル氏自身は2008年から3期に亘って下院議員を務めるも昨年の総選挙で落選する一方、PHの中核政党であるPKR(人民正義党)副党首を務めるなど将来の首相候補のひとりと目されてきたが、縁故主義と疑念を生む今回の動きは将来的な政治キャリアに悪影響を与える可能性がある。また、野党はヌルル氏が国能大学(UNITEN)で電気工学を専攻したことを理由に経済・財政の専門家ではないと批判を強める一方、アンワル氏は米ジョンズ・ホプキンス大で公共政策修士(東南アジア研究)を取得したことを理由に批判は当たらないと説明するとともに、上級顧問が無報酬であるとしている。他方、2018年の政権交代以降の同国政界では、既存政党の政局争いにより政権が事実上『たらい回し』される展開が続くなど国民の間に政治不信が一段と高まっている可能性があり、政治面で同国が成熟化することは期待出来ないと捉えることも出来る。
他方、同国経済を巡っては、輸出のGDP比が財・サービスを併せると7割強に達するなど、ASEAN(東南アジア諸国連合)内でも構造面で輸出依存度が高い上、財輸出に占める鉱物資源関連の割合も2割弱であるなど、世界経済や商品市況の動向の影響を受けやすい特徴を有する。さらに、昨年はコロナ禍の一巡を受けて行動制限の緩和が進むとともに、国境再開の動きも追い風に幅広く経済活動の正常化が図られており、政府も財政出動を通じた景気下支えの取り組みを進めてきた。こうしたことから、同国経済はASEAN内でもコロナ禍からの景気回復の動きが遅れる展開が続いたものの、経済活動の正常化によるペントアップ・ディマンドの発現に加え、欧米主要国を中心とする世界経済の回復も追い風に、内・外需双方で景気底入れの動きを強めたことでコロナ禍の影響を克服する動きがみられた。ただし、商品高の動きは同国でも生活必需品を中心とするインフレを招いている上、景気回復の動きも追い風にインフレを高止まりさせており、中銀は昨年5月に利上げに動いたほか、その後は米FRB(連邦準備制度理事会)のタカ派傾斜を受けた米ドル高が通貨リンギ安を招くなど輸入インフレ懸念が高まり、物価、及び為替の安定を目的に断続的な利上げ実施に追い込まれた。よって、物価高と金利高の共存は家計消費の足かせとなることが懸念されるほか、昨年末にかけては世界経済の減速懸念の高まりを受けて財輸出に数量、価格の両面で下押し圧力が掛かるなど、内・外需双方で不透明感が強まった。こうした事態を反映して、昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率▲10.05%と前期(同+7.73%)から5四半期ぶりのマイナス成長に転じるなど景気底入れの動きに一服感が出ているほか、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+7.0%と前期(同+14.2%)から鈍化するなど頭打ちしている。ペントアップ・ディマンドの一巡に加えて、物価高と金利高の共存が実質購買力を下押しして家計消費が下振れしたことに加え、金利上昇を受けて企業部門による設備投資需要も頭打ちの動きを強めたほか、世界経済の減速懸念を反映して輸出にも下押し圧力が掛かるなど、幅広く内・外需に調整圧力が掛かっている。なお、幅広い内需の低迷の動きを反映して輸入は輸出を上回るペースで減少しており、前期比年率ベースの成長率寄与度は3四半期連続のプラスで推移するも、その内容は着実に悪化していると捉えられる。分野別の生産動向についても、農林漁業関連の生産は堅調な推移をみせる一方、商品市況の調整の動きは外需低迷も追い風に鉱業部門の生産の重石となっているほか、製造業や建設業、サービス業など幅広い分野で生産が下振れしており、コロナ禍からの回復の流れが一巡しつつある様子がうかがえる。なお、昨年通年の経済成長率は+8.7%と前年(+3.1%)から大きく加速して2000年(+8.9%)以来となる22年ぶりの高い伸びとなっているが、これは年前半における景気上振れの動きが押し上げに繋がる一方、足下にかけては頭打ちの様相を強めていると捉えられる。


先行きについては、中国のゼロコロナ終了の動きが中国経済のみならず、世界経済を押し上げることが期待されており、なかでも距離的に近い同国を含むASEANなどアジア新興国経済の追い風となる可能性が高い。さらに、中国景気の底入れ期待を反映して国際金融市場においては調整局面が続いた商品市況が一転して底打ちしており、上述のように経済構造面で輸出依存度が高く、鉱物資源輸出への依存度が比較的高い同国経済にとって、外需は数量、価格の両面で押し上げに繋がることが期待される。他方、昨年末にかけて商品市況の上振れの動きに一服感が出ていることを受けて、インフレ率は頭打ちの動きを強めているほか、国際金融市場においては米FRBのタカ派傾斜の後退を期待した米ドル高の一服に伴いルピア相場は落ち着きを取り戻しており、中銀は先月の定例会合において5会合ぶりに政策金利を据え置く決定を行うなど、利上げ局面を休止させている(注3)。ただし、インフレ率が頭打ちの動きを強めている一方でコアインフレ率は高止まりしているほか、昨年末以降は米ドル高圧力の後退を受けてリンギ相場が底入れの動きを強めてきた流れが一変する動きもみられる。この背景には、米FRBがタカ派傾斜を後退させるも金利を高止まりさせると見込まれていることが影響しており、中国のゼロコロナ終了を受けて商品市況が底入れの動きを強めればそうした可能性が高まることも考えられる。さらに、リンギ相場が再び調整の動きを強める事態となれば、輸入インフレが再び意識されるため、上述のように利上げ局面を休止させた中銀は物価、及び為替の安定を目的に再利上げを余儀なくされる事態も予想される。今年の経済成長率を巡ってはゲタが▲0.2ptと昨年(+1.8pt)からプラス幅が大きく縮小しているほか、外需については好悪双方の材料が混在する一方で内需には不透明要因が山積することを勘案すれば、大幅な下振れが避けられないと見込まれる。


注1 2022年11月21日付レポート「「勝者なき」マレーシア総選挙、政権樹立へ合従連衡が活発化」
注2 2022年11月25日付レポート「マレーシア、大連立政権の樹立を経てアンワル氏が首相に就任」
注3 1月20日付レポート「インドネシアは追加利上げの一方でマレーシアは金利据え置き(Asia Weekly (1/14~20))」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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阿原 健一郎

