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2025.08.14
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トランプ関税
タイ中銀、トランプ関税と周辺事情を懸念し2会合ぶりの利下げ実施
~国内外の不透明要因やバーツ相場の堅調さも緩和を後押しも、今後は利下げ余地が限られる懸念~
西濵 徹
- 要旨
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- タイ中銀は、13日の定例会合で政策金利を25bp引き下げ1.50%とすることを決定した。同行による利下げは2会合ぶりである上、昨年10月以降の利下げ局面では計4回目となる。足元の物価は安定している一方、経済環境に不透明感が広がるなか、金融緩和による景気下支えを一段と強化した格好である。
- 世界経済はトランプ米政権の関税政策に翻弄されるなか、タイは対米輸出への依存度が相対的に高く、その影響が懸念される。米国との協議は難航したが、当初36%とされた相互関税は19%と周辺国並みに引き下げられた。しかし、駆け込み需要の反動やサプライチェーンの見直しなど輸出環境に不安は残る。
- さらに、隣国カンボジアとの軍事衝突をきっかけに両国関係は悪化しており、ナショナリズムの高揚も相俟って事態収拾は見通しにくい状況が続く。諸外国の仲介で停戦合意は成立したが、緊張状態は続いており、国境閉鎖に伴う物流の停滞、タイ国内の政治的混乱も重なり事態収束のハードルは高い状況が続く。
- こうしたなか、中銀は米国の通商政策や周辺国からの観光客減少による景気減速を警戒して追加利下げに動いた。為替市場でのバーツ相場の堅調さも利下げを後押しした可能性がある。次期総裁は緩和姿勢を強める可能性がある一方、利下げ余地が限られるなかでは慎重な政策運営が求められることになろう。
タイ銀行(中銀)は、13日に開催した定例の金融政策委員会で、政策金利を25bp引き下げて1.50%とすることを決定した。タイではここ数年、インフレ率が中銀目標(2±1%)の域内やこれを下回る推移が続き、足元では4ヶ月連続のマイナスとなるなど落ち着いた動きをみせている。中銀は昨年10月にコロナ禍一巡後初の利下げに踏み切って以降、計3回、累計75bpの利下げを実施するなど金融緩和を進めてきた。しかし、足元の物価は落ち着いた動きが続く一方、国内・外において景気の先行きに対する不透明感が高まっている。こうした状況を受けて、中銀は昨年来の利下げ局面で4回目の利下げに踏み切り、景気下支えを一段と強化する姿勢を示した。

このところの世界経済や金融市場は、トランプ米政権の関税政策に翻弄されている。米国が4月に相互関税を賦課する方針を示した際、タイに対する税率を36%とASEAN(東南アジア諸国連合)周辺国と比較して高水準とした。同国の対米輸出額は名目GDP比で1割強に達するため、仮に高関税が課されれば、マクロ的に深刻な影響が出ることは避けられない。米国は相互関税を一旦発動させた後、一律分(10%)を維持する一方、各国・地域への上乗せ分を90日間停止して協議を行ってきた。タイと米国との協議はこう着状態が続いたものの、米国は今月から発動される相互関税を19%と周辺国と同程度とすることで合意しており、周辺国に対して関税率の違いが価格競争力の差を招く事態は回避され、当初懸念された悪影響は幾分軽減されることが期待される。しかし、足元の対米輸出はトランプ関税の発動を前にした『駆け込み』の動きが確認されており、先行きはその反動による下振れに加え、関税賦課による価格競争力の低下やサプライチェーンの見直しの動きなどの影響が顕在化する可能性がある。さらに、同国はASEAN主要国のなかでも経済に占める製造業の比率が相対的に高く、輸出の低迷は雇用を通じて家計消費を抑制する可能性があり、幅広い経済活動に悪影響が及ぶことが懸念される。

さらに、足元では隣国カンボジアとの関係悪化も経済活動に悪影響を及ぼす懸念が高まっている。きっかけは、今年5月末に国境地帯において両軍が偶発的に軍事衝突に発展したことにある。なお、交戦は約10分で終息したとされるものの、その後は互いに相手側が先に発砲したと主張するなど泥沼の様相を呈した。また、事態収拾に向けて、タイのペートンタン首相(現在は職務停止)とカンボジアのフン・セン上院議長(前首相)は非公式の電話会談を行ったが、カンボジア側がその内容を流出させたことでタイ国内では政権批判が高まり、ペートンタン氏が職務停止に追い込まれた(注1)。その後もタイ、カンボジア双方でナショナリズムが高揚し、相手への非難が強まるとともに、国境閉鎖により物流が滞るなど両国の経済関係にも悪影響が広がっている。そして、先月末には両軍が数日間にわたり衝突し、民間人を含む多数の死傷者が発生したが、今年のASEAN議長国であるマレーシアの仲介の下、米国と中国も関与する形で停戦合意に至った。しかし、停戦発効後もタイは国境地帯で多数の兵士が地雷により負傷したと主張し、カンボジアもタイ軍が合意事項を意図的に破っていると主張するなど、停戦維持が危ぶまれる状況が続いている。そして、タイではペートンタン氏が職務停止となったことを受けて、国防相を兼務していたプンタン氏が首相代行を務める一方、後任の国防相は空席となるなど文民統制が弱まることが懸念される。一方、カンボジアでは一昨年の総選挙を経て世襲による政権禅譲が行われたが(注2)、今回の事態をフン一族による政治基盤固めに利用するとの向きもあり、事態収束の見通しは立ちにくい状況にある。
このように足元のタイ経済はトランプ関税と地政学リスクという問題に直面するなか、中銀は6月の前回会合では慎重姿勢を維持したものの(注3)、一転して利下げによる景気下支えに舵を切った。事実会合後に公表した声明文では、今回の決定について「全会一致」であったことを明らかにしている。なお、同国経済については「今年、及び来年と前回会合時点の評価に近い拡大が見込まれる」としつつ、「米国の通商政策が構造問題を悪化させるほか、競争力の弱体化を招くことで中小企業の脆弱さが増す」とした。そして、先行きの景気について「米国の通商政策による直接、間接的な影響、周辺環境の悪化に伴う近隣諸国からの観光客減による景気減速が予想される」として、「中小企業にそのしわ寄せが出るほか、個人消費も抑制される」として、先行きの政策運営について「経済を支えるべく金融政策は緩和的であるべき」との見方を示した。

なお、経済や政治、地政学を巡る不透明感は山積しているにもかかわらず、金融市場ではトランプ米政権の政策運営に対する不透明感が米ドル安圧力を招いているほか、トランプ氏の言動を巡って『TACO(腰砕け)』を期待したリスク選好を強める動きも重なり、足元のバーツの対ドル相場は堅調な動きをみせている。中銀も足元のバーツ相場について「周辺国通貨に対して強含んでいる」と評価しており、こうした事情も追加利下げを後押しした可能性がある。また、今回の会合はセタプット総裁にとって最後の会合であり、次回会合以降は10月に就任するウィタイ次期総裁の下で実施される(注4)。ウィタイ次期総裁は利下げに意欲をみせる一方、金利水準は周辺国と比べて低いなど利下げ余地が限られており、慎重な政策運営が求められることになろう。

注1 7月1日付レポート「タイ・ペートンタン首相が窮地、カンボジアとの国境紛争が契機に」
注2 2023年8月22日付レポート「カンボジア、フン・マネット新政権が正式発足、世襲政権の行方は」
注3 6月25日付レポート「タイ中銀、トランプ関税に政局不安、政策運営の悩みの種は尽きず」
注4 7月23日付レポート「タイ中銀次期総裁はウィタイ氏に、政府と中銀の関係改善進むか」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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